ジェイル・ザ・ゲイム-Jail the Game-10











真中悠兎が犯罪者として囚われたのは、それから数週間後のことだった。

ジェイルは勿論、トレイルからも追っ手が来ることになり、双方から身を隠すのは無謀というものだった。
アリセは目の前で起こっていることが理解できず、ただ押さえつけられ、囚われていく悠兎を見ていることしかできなかった。

その名前を叫びながら―――。



その後の仕打ちは酷いものだった。
鎖で鉄球が繋がれた枷を両足に装着され、両手を後ろ手に拘束され、その状態でトレイル中を引きずり回された。
鞭を打たれながら重い脚を引きずるようにして歩く。少しでも歩くのが遅ければ、容赦なく鞭で打たれた。

民衆は蟻のように群がり、それを見ては口を手で覆う。

こんなに屈辱的なことは無かった。
体はボロ雑巾のようだった。力も入らず、傷だらけで、唇は乾ききってかさかさになり、もう自分の体ではないように感じた。

手も足も首も、全てバラバラだ。自分の意志で動かすことはできない。
意識も朦朧とする。視界は殆ど見えていないに等しい状態だった。

そんな状況でもアリセのことを想った。

きっとまたジェイルに閉じ込められている。震えているに違いない。
自分に何が起こったのかわかっていないだろう。


アリセ、アリセ、アリセ…。


心の中で何度も呟いた。それだけが生きる糧だった。



ぼろぼろになった体をゴミ同然に放り投げられる。
うっすらと目を開ければ、そこにはジェイルの番人がいた。

どうやらここはジェイルの中らしい。それを把握するのにも時間がかかった。
両端に長い槍を持った番人が二人、目の前には三人の番人が立っていた。

きっと目の前の三人はジェイルの番人の中でも地位が高い人間たちだろう。
槍を持った番人は目の前で槍同士を交差させる。
まるで断頭台に立ったようだ、頭の隅でそんなことを思った。

「マナカユートよ、貴様は我々とトレイルの眼を欺き、一九九二号の堕とし子、アリセリア・シュワルツマドンナをロウドへと連れ出し、さらには逃亡をした。
これだけの罪を重ねた故の極刑として引き回しの刑、それに加え滅魂の刑に処す。意義は無いな。」

あったとしても聞いてはくれないだろ、と呟く。

しかし耳をかすめるような声にしかならずそれが番人の耳に入ることは無かった。

「アリセリア・シュワルツマドンナは新たな慰魂師が現れ次第、その魂を浄化する。そしてもう一人、罪人がいることをお前に伝えなければならない。」



もう一人の罪人?

まさか―――。



悠兎は身を起こし、膝立ちの状態になる。しかし前に出るのは両脇の番人によって遮られた。

まさか、まさか…。頼む、やめてくれ!

「ロウドの住人、シギノヨウスケ。その者を罪人に手を貸したと判断し―――。」

「やめろっ!やめてくれえっ!!!そいつは関係無い筈だ!」

これでもかと言うほどに悠兎は叫んだ。
声は既に枯れていた。けれど必死に振り絞った。

「シギノヨウスケは罪人に手を貸したと認めた。」

「嘘だっ!頼むからやめてくれえっ!なんでもする!どんな拷問でも受けてやる!だから、だからあいつだけは、耀甫だけはっっっ―――!」

すると突然声が出なくなった。喉に何か詰まったような…。
おそらく番人が妙な力を使ったのだろう。悠兎は声を発することが出来なくなった。

「話を聞け。シギノヨウスケは確かにお前を助けたと、手を貸したと認めた。
そして我々が手をかけようとした瞬間、道路にヤツの子どもが飛び出し、それを止めるようにして車に撥ねられ、息絶えた。
結果、我々としては都合のいい形になったが、シギノヨウスケはそうなる運命だったのだ。」



違う。


違う、違う、違う。

耀甫の運命を狂わせたのは―――俺だ。




「ああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!」




悠兎は発狂した。

全てがフラッシュバックする。

耀甫の笑顔が、子どものようにムキになる顔が、時に照れながら喋る顔が。
結婚すると言った時、子どもが生まれると言った時、あいつは本当に幸せそうな顔をして笑ったんだ。あいつが死んだら悲しむ人間が腐るほどいるのに―――。

まだこんな水分が体に残っていたのかと思う程、涙が出た。
地面に額を付けながらぼたぼたと零した。それを拭うことすら許されない。



俺は、最後にお前に会いたくてロウドへ行ったんだ。
死ぬ前にお前の顔だけは見たかった。くだらない話をしたかった。
けれど俺と関わったらきっと何か制裁が下るから、だからあんな真似したんだ。

お前を殺すなんていうくだらない茶番をしかけて…大根だけど演技して…。

そうしたらお前はきっと俺を罵ってくれると思ったから。
散々に貶して、お前のことなんて忘れてやるって、絶交してやるって言うと思ったから。

けれどお前はそんなこと一言も言わなかった。


『お前の為に死ねるなら本望だ』


本当に馬鹿だよ…大馬鹿だよ、お前は。
殺したくなくて、死なせたくなくてあんなことしたのに、全然わかってねぇんだもん…。

何も、伝えられなかったじゃねぇかよ。

言いたいこといっぱいあったんだぜ?



叫んでも、叫んでも、その言葉が届くことは無かった。



「お前らは何もわかっちゃいない…。自分がどれだけくだらないことをしているのか気付いてない。」

悠兎は番人に向かって言葉を投げた。
最後の、渾身の力を込めて搾り出した声だった。

「堕とし子を生んで殺しての繰り返し…。それで誰が救える!誰が救われる!アリセは生きてる!どんな命も息吹いていれば命だろう!
それを切り捨てる権利が誰にあるんだ…。死んでいい人間なんてこの世にはいない。消えていい命なんてどこにもありゃしないんだよ!
命を潰すことで成り立つ世界なんて、こっちから願い下げだ!!!」

「奴を牢屋へ。死刑は明日執行する。」

悠兎は構わず叫んだ。
誰に届けているかわからない。けれど誰かに届けばいいと思った。

この世界は狂っている。


腐っていると―――。



死刑執行日当日、マナカユートは傷だらけの体で連れて行かれた。

滅魂の儀式はジェイルの番人の中でも地位の高い者達で行われる。
それほどに強大な力が必要な作業なのだ。
鎖で出来上がった巨大な球のような中に入れられ、その時を待つ。

すると辺りがざわつき始めた。何か妙な感じだ…。何か起こったのだろうか。

「1992号が脱獄!1992号が脱獄!直ちにジェイル内の番人は捜索せよ!繰り返す…。」

アリセが、脱走した。

停止寸前の思考回路で必死に理解する。


アリセ―――。


「一九九二号がこちらへ向かっています!」

その言葉が耳に飛び込んでくる。
来るな、アリセ…。もう誰も傷つけたくは無いんだ。

「どうにか食い止めろ。滅魂の儀式を中断させる訳にはいかない。」

儀式は外の騒ぎを気にすることもなく開始された。

しかしそれを遮るように扉が開け放たれる。
そこに立っていたのは、大鎌を握り締めたアリセだった。

「あの鎌は一体…?」

「おそらく1992号の感情やエネルギーが膨張し、具体化された物かと。」

「兎に角なんでもいい。あいつを止めろ!」

靄がかった視界にもその力の差は明らかだった。



アリセの力は異常だった。手に持った大鎌で番人たちを次々に薙ぎ払っていく。
感情が暴走して自分でコントロールできなくなっているんだ。

誰か、アリセを救ってやってくれ…。

「ユート…ユート!」

アリセの願いも裏腹に、既に滅魂の儀式は始まっており、悠兎の手は黒く変色してきた。
辺りが静かになったのがわかったのか、それとも悠兎の姿を確認し安心したからか、アリセは鎌を置いて鎖でできた球体に近付く。


「ユート…?」


アリセはそっと鎖に手をかけた。悠兎も同じように手をかける。
二人の手のひらが触れあい、温もりが伝わった。

「傷だらけだ…。痛くないのか?」

「痛くないさ。お前を守るためだから…。」

心は何故だか凪いでいた。
酷く穏やかで、これから自分が死ぬとは思えない程に落ち着いていた。

「大丈夫だから。俺は死にはしない。ずっとお前と一緒にいるから。」

目の前でぼろぼろと涙を流すアリセの眼をじっと見つめる。
なんて綺麗な瞳なんだろう。
こんなにも美しい涙が流せるようになったんだな。嬉しいよ。

「嫌だ…嫌だ。行かないで!一人ぼっちはもう嫌だ!」

俺も嫌だな、一人は。
お前と過ごしたほんの少しの間に、一人が寂しいと感じるようになったんだ。


―――そうだ。


「よく聞いてくれ。お前は一人なんかじゃない。ほら、これを見ろ。」

俺が大切にしてたのはアリセも知ってる筈だ。

金色の懐中時計。

耀甫と交換した、友情の証だ。
悠兎はそっとアリセの手にそれを握らせた。

「これでお前とずっと一緒だ。」

だから、泣かないで。寂しいだなんて言わないで。
俺はお前と共に在る。

「お前は強く生きるんだ。苦しいことばかりじゃない。生きていればきっと幸せになれる。」

そう言って両の手でアリセの頬を包む。
自分の手を見て気付いた。もう闇と同化してきている。そろそろ潮時だな。
アリセはそっと悠兎の手の上から自分の手を重ねた。

温い。同じように心臓が動き、息をし、血液が巡っている。
俺らと何も違う所など無い。
強く生きるんだ、アリセ。お前は生きなくちゃいけない存在なんだ。

「生きるんだ。死んだら化けて出てやるからな。」

冗談を言う余裕まで出てきた。
アリセは未だ涙を零し続けている。

「お前といれて楽しかったよ…。俺の為に泣いてくれるなんて思わなかったな。」

ふと笑みが零れた。
もう体の半分が霧状になり、闇の中に溶け入っている。

さよなら、アリセ。お前は生きる希望だ。


そして最後に額に口付けを落とす。



「ありがとう、アリセ―――。」










アリセはゆっくりと目を覚ました。
明るい光が沁みる。目の前にいたのは赤月と芹沢だった。

「アリちゃん、目覚ましたんだね。よかった…。」

赤月はアリセの顔を覗き込みながら目を潤ませた。

「夢でも見てたの?」

ゆっくりと体を起こすと、芹沢が問いかけてきた。
気付けば頬が濡れていた。泣きながら眠っていたらしい。

けれど、懐かしい夢を見たような記憶はあった。

「昔の、夢を見ていたんだと思う。」

ゆっくりと呟いた瞬間に目の前に飛び込んできたのは、血まみれになった朝兎の姿だった。

「アサト…。」

いつかの光景と重なる。

傷ついた体、ぼろぼろになりながらも果敢に立ち上がる。その姿は誰かに似ていた。
まだしっかりと力の入らない体で立ち上がると、芹沢がそれを止める。

「アリちゃん、まだ寝てなきゃ駄目だ。やめとけって。」

けれどそれを振り払う。

「行かなきゃいけない。アサトは私を信じてくれると言った。だから―――。」

アリセは胸を張って立ち上がり、振り返った。



「信じてもらえるように、何かしたいんだ。」



そして朝兎の元へ走るのだった。








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