ジェイル・ザ・ゲイム-Jail the Game-4









柚果を幼稚園バスの停留所に置いて、学校まで自転車を飛ばす。
今日は珍しく誰にも絡まれることは無かった。
しかし学校に着いても頭は痛かった。アリセを学校に来させることができれば一番いいのだが…。大きなため息をついていると芹沢が顔を覗き込んできた。

「どしたのー?浮かない顔して。」

そう言って隣の席に腰をかける。
目をくりくりと輝かせる芹沢を見て羨ましく思った。こいつには悩みなんて無さそうだ。

「別に…。大したことじゃねぇよ。」

制服だけあればなんとかなるかもしれない。取りあえず手続きとかは考えなしにして、学校に来てしまえばこっちのものだ。
アリセにはある程度変な力がある訳だしなんとかなるだろう。

「お前、女子の制服とか持ってる…訳ねぇよなぁ…。」

「え?朝兎そっちに目覚めたの?」

「バカ。ふざけんな…。」

女子の友達などいないし、どうしたらいいものか…。
そんなことを考えていると目の前にセーラー服が見えた。

「お早う、鴫野くん、芹沢くん。」

笑顔で挨拶をしてきたのは赤月ののか。その顔を見た瞬間、朝兎は立ち上がった。

「赤月!」

そうだ!赤月がいた!
赤月がきょとんとしていると一限目が始まるチャイムが鳴る。

「ちょっと昼休み話あるから、いいか?」

「う、うん。じゃあまた後でね。」

朝兎は一先ず安堵の息をついた。
そもそも女子に頼みごとをするのが初めてだったかもしれない。

思えば不良という呼ばれ方をしてから女子とまともに話したことが無い。
けれど赤月は何の抵抗も無しに話しかけて来た。怖くは無いのだろうか。気まずくは無いのだろうか。
どうでもいいことが頭の中に入って来て、授業の内容などちっとも入ってこなかった。



昼休みのチャイムが鳴り、朝兎は赤月に話を切り出した。
そこには芹沢も当然のように付いて来る。
別に聞かれて困る内容でも無かったので構わなかったので、そのまま話を続けた。

「あ、先ずお礼言っていい?昨日は有難う。凄く怖かったから本当に助かったの。」

二人共きょとんとして赤月を見ていたが、すぐに何のことか思い出し返事をする。

「別にいつものことだから。」

「そーそー。俺たち困ってるオンナノコは放っとけないからさ。」

芹沢はいつも調子がいい。けれどこういうところが好かれる部分でもあるのかと思った。

「それで昨日の落し物、届けられた?」

「あ、ソレ俺も気になってた。」

落し物というのはアリセの懐中時計のことだろう。
そうだ、コレをどうにか話の種にして…。

「実はあの落とし主が俺の知り合いの娘で、しばらくウチで預かることになってさ。それでココの学校に通うことになったから制服が欲しくて。
買えばいいって話なんだけど出来れば安上がりに済ませたいだろ?だから赤月、ちっさくなった制服とか持ってないかなーと思ったんだけど…。」

こんなバレバレな嘘をついて平気なものだろうか。
朝兎は二人の表情を伺いながら言葉を進めていく。

「私、持ってるよ。凄く小さいやつだけど。」

いつも通りの笑顔で赤月が喋る。

「本当か!?貰ってもいい!?」

「うん。私も近所の人から貰ったんだけど、最初は着られても段々小さくなっちゃって。ずっと処分に困ってたから逆に助かるかも。」

「マジで有難う!すっげぇ助かる!」

「でも本当に小さいよ?平気?多分一度着てみたほうが…。」

「あー、平気平気。ちょうど…。」

アリセの身長を思い出しながら朝兎はきょろきょろと教室を見渡す。
自分よりも随分背が低かったから…そんなことを思いながら教室で似た背格好の人間を探した。

「こんなところにいたのか、探したぞアサト。」

「そうそう、ちょうどこのくらいのちっこい女…ってえええぇぇぇぇ!?」

自分の横にいた女子が丁度いいくらいの身長だと思って指を指せば、それは正真正銘アリセ本人だった。
ツインテールに黒いワンピース、間違いない。

「なんでお前こんなとこにいんだよっ!」

「ミズキに言われて来た。お前、弁当忘れただろ。届けてやった。」

目の前にお弁当を突き出すアリセ。もう、本当に頭が痛くなってきた…。

「鴫野くん、この子がその…?」

「預かってるって子?」

うんざりしたように朝兎が頷く。


「…アリセっていうんだ。」

「よろしく。」

「初めまして、アリセちゃん。私は赤月ののか、よろしくね。」

「俺は芹沢凛悟、よろしくー。アリちゃんか、可愛いねぇ。」

「ってかお前この後どうすんだよ?家帰るのか?」

朝兎は弁当を受け取りアリセを見る。周りの生徒の視線が痛い。

「ミズキが学校見学してきなさいって言ってた。あとはアサトに任せるって。」

それを聞いてがっくりとうな垂れる。
瑞季はおそらくアリセが学校に行きたがってるのを知って弁当を届けさせたのだ。

「あ、でも丁度いいんじゃない?帰りに私の家に寄って制服着てみたら?ね、アリセちゃん。」

「制服?」

「ののちゃん、ぐっどあいでぃーあ!いいじゃん、そうしようよ。アリちゃんは保健室に預けたらいんじゃない?」

アリセはじっと朝兎を見ている。仕方無い、それが得策だろう。

「わかった。じゃあ俺コイツ保健室に連れてくわ。」

「アサト、学校の中が見たい。」

「はぁ!?お前、この後に及んで何言ってんだよ。」

「案内してあげたら?いっつも授業サボってんだから平気だろー?」

なんで芹沢はアリセの肩を持つんだ…。

「ああ、もうわかったよ!芹沢、適当に言い訳しといて。飯食ったら行くわ。」

昨日今日知り合った女にこんなに振り回されることなどあるんだろうか。
うな垂れながらも朝兎は自分が遭遇してしまった少女を恨んだ。



学校案内とは名ばかりのサボタージュ。教師に見つかると面倒なことになるから、どうにか人気の無い所を案内していく。
空き教室に入ればアリセははしゃいで机に座った。

「こうやって皆、授業を受けるのか?」

朝兎は頷いて教壇に立った。

「ここに先生が立って授業してくれんだ。」

「へぇ…楽しそうだな。」

「楽しかねぇよ。」

笑って教壇を降り、別の教室を案内してやった。
特殊教室はどこも使っている所が多かった。けれど理科準備室は空いていたので入れてやると、ホルマリン浸けの標本などに興味を示した。
ビン越しにツンツンと突いて楽しそうに見ているアリセを見て、柚果も大きくなればこんな風なのだろうかと思った。
体育館もグラウンドも使用中で見ることしか出来ず、最終的に屋上へ行って暇を潰すことにした。

赤月の家に行かなければならないから、放課後までは待たなくてはならない。
朝兎は背伸びをしてごろんと横になった。アリセは屋上のフェンスに顔をつけながらグラウンドを眺めている。別のクラスが短距離走の授業をやっている所だった。

「みんな楽しそうだな。羨ましい。」

「そんないいもんじゃないって。お前も来たらわかるよ。」

「私もここに来れるのか?」

「一応その方が俺も楽だからさ、そういう風には考えてるけど。」

真っ青な空に白い雲が映える。屋上は少し風が強かった。アリセの真っ黒な髪が風に靡く。

「やっぱり私は、ここにいるべきじゃないかもしれない。」

その言葉に朝兎はゆっくりと体を起こした。急に真面目になってどうしたのだろうか。

「アサトの日常を壊すつもりは無かったんだ。ただ私は…。」

フェンスをぎゅっと握る手に力が籠もっているのがわかった。表情はわからない。
こちらに背を向けているアリセの背中は、いつもよりも小さく見えた。

「悠兎さんを守りたいだけだろ?わかってるって。」

そこで初めてアリセは振り返った。
悲しそうな、苦痛に歪んでいるような、なんとも言えない表情。
アリセは何を思ってここまで来たのだろうか。アリセはどんな道を歩んでここまで来たのだろうか。

「ありがとう、アサト。」

ぽつりと呟いた言葉は風に乗ってどこかへ消えていった。




赤月は実家が少し遠いところにあるので、マンションで一人暮らしをしていた。
女子の一人暮らしの部屋に入るのは少し抵抗があったが、芹沢もアリセも一緒だし、何より赤月自身が嫌そうでは無かったので甘えさせてもらった。
綺麗なマンションの三階に赤月は住んでいた。

「ちょっと汚いんだけど、ごめんね。」

照れたように笑う赤月だったが、部屋の中は随分と綺麗だった。
リビングで芹沢と朝兎の二人で待ち、アリセと赤月は部屋へと入って行った。

「オンナノコの部屋って緊張するね。」

「そうか?」

不意な芹沢の問い掛けに適当な返事をする。

「えっ?まさか朝兎、オンナノコの部屋、初めてじゃないの!?ひどいひどいっ!俺という存在がありながらっ!」

「バカ!気色悪いこと言ってんじゃねぇよ!」

すると芹沢はけたけたと笑った。
こういうアホみたいなくだらない会話が、嫌いではない自分がいた。



二人で笑いあっていれば、赤月の部屋のドアが開いた。

「鴫野くん、アリちゃんぴったりみたい。」

ドアからひょこっとアリセが顔を出した。
少し恥ずかしげな表情。いつもあんな顔をしていればいいものを。

「サイズも丁度いいし、似合ってるし、可愛いと思うけどな。」

するとアリセは顔を真っ赤にして俯いた。

「こんな服…恥ずかしい…。」

照れる姿を見て耐え切れなくなったのか、芹沢は突然アリセを抱きしめた。

「かぁいいなーアリちゃん!食べちゃいたいっ!」

それを見かねて朝兎が芹沢を引き剥がす。

「芹沢、バカなこと言うのやめろ。よし、じゃあコレもらってくわ。ありがとな赤月。」

「ううん。こんなことしかできなくてごめんね。」

「いや、充分。な、アリセ。」

するとアリセは赤月を見た。

「うん。ノノは小さいことも気付いてくれるんだ。ノノは優しいから好きだ。」

赤月はその言葉ににっこりと笑う。

「私もアリちゃん大好き。早く学校に来て一緒に遊ぼうね。」

「えー!ののちゃんずるいずるい!アリちゃん、俺のことは好き?」

「リンは馬鹿だから好きだ。」

「えーーーーーーっ!何それー!」

四人で馬鹿みたいに笑った。
久しぶりに大笑いをした気がする。高校に入ってからは芹沢と知り合い、楽しい日々は過ごしていたが、二人が四人になっただけでこんなにも楽しくなるのかと実感する。
人と関わるのも悪く無いかもしれない、そんな柄でも無いことを思った。







アリセの話によると学校に通うことなど造作も無いことだと言う。その辺はジェイルの番人に言えばどうにかなることらしい。
制服は少しくたびれていたが、アリセは大事そうにそれを持って帰っていた。帰宅すれば瑞季がアイロンを丁寧にかけてくれた。

朝兎はある程度のことは瑞季に話しておくことにした。
アリセが悠兎の知り合いであるということ、今は理由があって家に置いて欲しいということ、そんな曖昧な理由だったが瑞季は快く承諾した。
一番は悠兎の知り合いということが大きかったのかもしれない。それに三人より四人の方が賑やかでいい、という瑞季らしい考えがあったからだ。

母親のそういう考え方はいつも尊敬していた。それによって痛い目に遭うことも稀にあったけれど、瑞季はいつも凛とした態度で前向きな考えを持っていた。
自分は間違ってはいない、恥じることは無い。そんな強い姿勢をいつも感じていた。

「これでアリちゃんも明日から高校生ね。朝兎と同じクラスなの?」

朝兎がちらとアリセを見れば、こくんと頷く。

「我儘を聞いてもらった。」

「そう、よかったわね。その方が安心だものね。」

瑞季はにっこりと笑った。



部屋に戻ると朝兎はベッドにごろりと横になる。
隣でアリセはハンガーにかかった制服を見ていた。

「部屋、分けた方がいいな。」

アリセはよくわかっていないような表情で朝兎を見る。

「空き部屋無いから、お前はユズと一緒の部屋のがいいよ。」

「何かまずいのか?」

「…うん、まぁ色々な。」

深い理由を言えずに言葉を濁すと聞こえる筈の無い場所から声が聞こえた。


「アリセリア、こーんなとこにいたんだ。」


正面にいるアリセの表情を見れば今までに見たことが無いような驚きの表情を見せていた。
すぐに朝兎も背後を振り返る。
するとそこにはにやりと不敵な笑みを浮かべる男が立っていた。



男は窓の外に居て、手を振りながらニヤニヤと笑っていた。朝兎がアリセの前に壁になるように立つと男は窓をすり抜けて来る。

「また変なのが増えやがった…。」

「ヘンなの?心外だな。ね、アリ。」

まるで水面から出てくるように部屋に侵入してきた男はぐるりと部屋を見渡した。

「何の用だ。貴様に会う理由など無い筈だ。」

アリセは朝兎の横に立って声を出した。平静を装っているが右手でぎゅっと朝兎の服の裾を掴んでいる。
男はクスクスと笑いを漏らした。

「アリの見張りはオレの仕事だからね。まったく手間ばっかりかけてくれるよ。こんなに人探ししたの久しぶりなんだけど。」

それだけ言うと男はちらと朝兎を見た。
ボサボサの黒髪に、手足の長いすらりとした体型。
それから猫目の真っ黒な瞳。猫のような鋭い眼光に吸い込まれそうだった。

「ハジメマシテ、オレの名前はレイト・アムカマラ。このコのお目付け役ってトコかな。
アリと話してるってことは事情は全部知ってるんだろ?」

「ある程度はな。そもそもお前は何しに来たんだよ。」

するとレイトは両手の平を前に出した。敵意は無いという表明らしい。

「そんな怒るなって。オレはただ忠告に来ただけ。」

「忠告?」

その一言にアリセが反応した気がした。

「アリはね、悪い子なんだよ。こんなトコでいけしゃあしゃあと生きてちゃいけない存在なんだ。そもそもお目付け役がいる時点でフツーの人間じゃないのは察せるだろ?
アリ、お目当てが見つかったら早くコッチに戻っておいで。それに【審判】のコト、忘れた訳じゃないよね?」

審判…?

朝兎が不思議に思っていれば、アリセは唇を噛み締めながらレイトを見る。
レイトは相変わらず悪趣味な笑みを浮かべていた。

「なんならオレがここで今、説明してあげてもいいんだよ?【審判】って言うのは―――。」


「やめろっっっ!」


突然に声を張り上げるアリセに驚く。ふと後ろを振り返り表情を垣間見れば、唇を噛んで何かに耐えるような仕草をしているアリセがいた。
審判…一体何なのだろうか。

「…いずれ私から話す。貴様は黙っていろ。」

「いつになるやらねぇ。」

レイトはじりじりと二人に近付き、アリセにぐっと顔を近づけて覗き込んだ。

「いい?アリ。本来の目的を忘れるなよ。それに、お前がどういう存在であるかも忘れるな。」

アリセは嫌そうに顔を逸らす。見かねて朝兎はレイトの胸ぐらを掴んだ。

「嫌がってんだろ。やめろ。」

今までの相手は睨みをきかせればうろたえる人間がほとんどだった。

けれどこいつは違う。
レイトはつまらないものを見るように朝兎の手を見、呆れたように顔に視線を移した。

「シギノアサト、キミは絶対に後悔するよ。アリと関わったことにね。こんなことしてナイト気取りかもしれないけど、アリはキミの手に負えるような人間じゃないから。」

「黙れ。俺がコイツとどう関わろうと勝手だろ。」

「強気だねぇ。オレが女だったら惚れてたわ。」

言いようの無い威圧感。それに負けじと朝兎は腕に力を入れる。しかしそれも軽々と跳ね除けられてしまった。
胸ぐらを解放されたレイトは窓の前に立った。

「今日は一先ず退散してあげる。アリ、また来るからね。バイバイ。」

手を振りながらレイトは来た時と同じように窓をすり抜けて去っていった。
張り詰めていた緊張感から放たれ、二人は大きくため息をつく。そして自らを安心させるように肩の力を抜いた。




アリセに聞けばレイト・アムカマラという人間は悪い人間では無いと言う。しかし決して善人などでは無いらしい。

「レイは傍観者という言葉が一番合っている。ただ傍から見て楽しんでいるだけだ。」

「けどその割に随分と干渉してたじゃねえか。」

「腐れ縁みたいなものだ。それに誰かに頼まれているのだろう。私が余り勝手な行動を取らないように見張れと。」

お目付け役、とレイトは言っていた。一体誰に頼まれてアリセを見張っているというのだろう。
ジェイルの番人とかいう奴なのか。まぁ粗方そんなことだろう。
アリセは半ば不貞腐れるようにして眠ってしまった。

肝心な【審判】が何かということは聞き出せなかった。まぁ、聞き出すつもりも無かったのだが。理由は一つ、アリセが話したくなさそうなことだからだ。
それを忘れるかのように朝兎も眠りについた。



茅寫校の制服は男子は学ラン、女子はセーラー服である。基本的に服装の乱れはそこまで注意されない。私立の有名学校でも、名高い名門校という訳でも無いからだ。
学ランの下に何を着ようが咎められないし、女子のスカートが短くても短すぎても対して注意もされない。

アリセは鏡に映った自分を見た。
自分は何故こんなことをしているんだろう。頭にレイトの言葉が過ぎる。

『お前がどういう存在であるかも忘れるな』

それを思うと胸がつきんと痛んだ。
鏡越しに見える朝兎と柚果は二人でじゃれて遊んでいる。

まるで自分とユートのようだ、そう思った。二人で過ごした時間を思い出す。やっぱり似ている。
朝兎はユートと正反対の性格な筈なのに、纏う空気だったり雰囲気が似ているような気がしてならない。だからどこか懐かしく、そして寂しくもあるのだ。
【審判】の時までそう時間がある訳では無い。ぬるま湯にいつまでも浸かっている訳にはいかない、それは重々承知しているのだが―――。

「スカーフ、結べないの?」

鏡に映りこんだのは瑞季だった。心臓がびくんと跳ね上がる。

「ほら、こっち向いて。ちゃんと覚えるのよ。こうやって…。」

瑞季はわかりやすいようにスカーフを結ぶ。そこに朝兎と柚果もやって来た。

「アリセー早くしろよ。遅刻になっちまうだろ。」

「ちこく!ちこく!」

急かす様に柚果が拍車をかける。その場で足踏みをしてドタバタと床を響かせ、朝兎にうるさいと止められる。そんな一連の流れが長閑で可愛らしいと思えた。

「はい!できた。気をつけて行ってらっしゃい。」

「アリちゃんおててつなごー。」

柚果はアリセの手を引っ張った。前かがみになりながらも柚果に連れられ、玄関へと走る。
そこには既に靴を履き終えた朝兎が痺れを切らしたように立っていた。

「朝兎、ユズ、お弁当!それから―――アリちゃんのも。」

柚果にはうさぎの包みの、朝兎は水色の包みの、そしてアリセには赤い花柄の包みのお弁当が渡された。それをじっと見ていると玄関のドアが開く。

「ありがと。ユズ、アリセ、行くぞ。」

「アリちゃん、おべんとおはなだよ!おにーちゃん見たぁ?」

玄関を出る前に瑞季を見ればにっこりと笑って手を振っていた。

「瑞季、ありがとう!」

顔が見えなくなる瞬間にアリセは言い放った。この慌しくやかましい朝が、アリセには心の底から楽しいと思えた。





アリセは転校生として生徒に紹介された。
朝兎の親戚で下宿しているということになり、名前は真中ありせとなった。真中は悠兎の名字であるらしく、その名字にしたいと強く願っていた。
見た目は少し幼く背も低いが、クラスの人間は何の抵抗も無く受け入れたらしい。内心、朝兎はほっとしていた。

「今日から一緒のクラスだね。」

赤月が微笑んでアリセに言った。しかしアリセはもじもじとしている。

「ノノ…もう少し、スカートは長くならないか?」

「そのくらいで丁度いいと思うけど?」

「…やっぱり恥ずかしい。」

ぽつりと顔を真っ赤にして呟く。
アリセがいつも着ているワンピースのスカートは膝丈の物が多かった。故に膝上の短めのスカートは少し抵抗があるらしい。
赤月はそれについ顔をほころばせてしまった。

「すぐに慣れるから。もし気になるなら何か下に履いたらいいし。」

けれどアリセは口を尖らせた。するとそこに朝兎が口を挟む。

「お前みたいなガキのパンツ見たってなんとも思わねぇよ。ってか見ようと思う奴もいねぇから。」

舌を出してからかってやれば、アリセは鋭い目つきで睨んだ。

「朝兎―今のはひどい!俺ならアリちゃんのパンツ見たいと思うなー。」

芹沢がそう言うとアリセはぐっとスカートを掴んで警戒心を丸出しにする。

「ノノ!リンは変態だぞ、気をつけろ!」

その必死な表情に赤月は涙を流しながら笑った。それを見て芹沢と朝兎も笑う。
なんとかこの世界で、こういう形でやっていけそうだと確信する。アリセの楽しそうな顔を見て朝兎は安心した。



席の並びはアリセと朝兎が隣り合うことになり、授業中にアリセが問いかけることには答えていた。
授業など決して受ける必要など無いと思っていたので、アリセには『ただ聞いていればいい』とだけ伝えた。
しかしアリセ自身は興味があるらしく、授業をしっかり聞いている。どうやら記憶力は異常にいいらしい。教科書をめくり、殆どのことは暗記していた。

「アサトは勉強、嫌いなのか?」

頬杖をついてシャーペンをくるくると指先で回していた朝兎は視線をアリセに移した。

「死ぬほどキライ。」

退屈そうに答えると手からシャーペンが転げ落ちた。

「ミズキに怒られるぞ。」

「母さんは俺が頭悪いこと知ってるから。」

「リンとノノは頭良いのか?」

「んー…芹沢は俺よりは頭いいかな。そんな悪い点数取ってるの見たことねぇし。赤月も頭いいんじゃねぇ?」

するとアリセは納得したように黒板に目を移した。
勉強の何が楽しいのだろうか。赤月は見るからに頭が良さそうだし、芹沢も自分よりはいい点数を取っている。なんだか自分だけ仲間外れになった気分だった。



昼休みになり、朝兎は芹沢と購買に行こうと席を立った。そしてふとアリセを見る。

「どしたの?」

それが視界に入ったのか、芹沢が問いかける。

「いや、アリセのことでさ。昼飯一緒に食おうかどうしようかなーと思って。」

朝兎は一応この学校では不良の一人に括られている。その不良と一緒に女子が昼食をとっていたら、友達が出来ないことは間違いない。いくら親戚だと言っても年頃の女の子だ。
するとアリセの傍に赤月が寄ってきた。

「アリちゃん、一緒にご飯食べよ。」

にっこりと笑って誘う赤月にアリセは小さく頷いた。

「ほら、みんなも一緒に食べたいって言ってるからあっち行こ。」

アリセは花柄の包みのお弁当を持って赤月の後ろをついて行った。

「大丈夫そうじゃん。赤月が一緒なら心配無いっしょ。」

「そうだな。」

女子の輪の中で緊張気味のアリセを見ながら朝兎は教室を出て行った。



全てが初めてだらけだった。お弁当に、勉強に、学校に、トモダチ。そしてこんなに大勢で食事をとるのも初めてだった。
賑やかな女の子の声。そして質問の嵐。アリセはなんとか答えたり、誤魔化したりしながらやり過ごした。

朝、瑞季から渡されたお弁当。花柄の包みを解き、お弁当箱の蓋を開けた。
その中身を見てアリセの目は輝いた。

「うさぎだ…。」

赤月が横から覗き込む。

「アリちゃんのお弁当美味しそうだね。うさぎのりんごも入ってるし。あ、ウィンナーはタコだね。」

すると周りの女子も覗き込みながら感嘆の声を漏らす。
帰ってから瑞季に一言お礼を言おうと思った。

「お弁当ってやっぱり鴫野くんのお母さんが作ってくれてるの?」

周りにいる女子の中の一人、ショートヘアの女子が尋ねた。

「そうだ。ミズキは料理が上手いんだ。」

「ねぇねぇ、鴫野くんって家ではどんな感じなの?」

「あ!それあたしも気になってた!」

アリセは不思議だった。何故そんなにも朝兎のことが気になるのだろうか。

「アサトは家でも学校でも変わらない。いつもあんな感じだ。」

「本当に?タバコとか吸ってるんじゃなくて?」

「なんか暴力的な感じだと思ってた。外でも家でも荒れてるーみたいな。ね、ののか?」

するともぐもぐと口を動かしながら赤月が答える。

「私はそんなこと思ってないもん。鴫野くんは優しいよ。この前も助けてもらったし。」

すると同意を求めるように赤月はアリセを見た。

「助けてもらったって?」

未だ口の中をもぐもぐさせながら赤月は視線を上に向けて考える。
口の中の物を飲み込んで問いに答えた。

「駅前でちょっと変な人に絡まれちゃって、そしたら芹沢くんと鴫野くんが助けてくれたの。その後も送ってくれるって言ったりして、凄く優しかったよ。
アリちゃんの制服もね、鴫野くんが探してくれてたんだよ。私に小さい制服持ってないか聞いて、アリちゃんが困らないようにしてくれたんだよね。」

アリセがこくんと頷く。

「私もアサトに助けられた。それに妹のユズカにも凄く優しいぞ。アサトは多分、優しいのを外に出せない人間なんだと思う。
だから嫌いになったりしないで、仲良くしてやってくれ。」

最後の一言に周りの女子がくすくすと笑った。
アリセは戸惑い、きょろきょろと全員の顔を見回す。

「アリちゃんかわいいー!」

「っていうか『仲良くしてやってくれ』って言われてる鴫野くんもかわいいよね。」

「なんかお母さんみたーい!」

アリセはよくわからないまま顔を赤らめた。横を見れば赤月も笑っていた。

「のっ、ノノ!何か変なことでも言ったか?」

すると笑い涙を拭いながら赤月は答えた。

「ううん、何も言って無いから大丈夫だよ。でもアリちゃん…かわいい。」

そしてまたくすくすと笑うのだった。



「ぶえっくしゅんっっっ!」

「きったねー朝兎―!風邪でもひいた?」

朝兎は鼻をすすりながらいちごオレを飲んだ。

「誰か噂でもしてんのかな。」

「いやーん、嫉妬しちゃーう。」

「バカ。」

空を見てアリセは皆と仲良くやっているのだろうかと心配になった。けれどきっと笑っているのだろう。なんとなくそんな気がした。







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