ジェイル・ザ・ゲイム-Jail the Game-5









放課後、朝兎は帰ろうと思いアリセの頭を小突いた。

「帰んぞ、アリセ。」

「今日、ノノの家に行くことになった。だからノノと帰る。」

「はぁ?お前、勝手なこと言ってんじゃねぇよ。」

「鴫野くんっ、私から誘ったの。ダメ…かな?」

すぐに赤月が駆け寄って弁解する。申し訳無さそうなその表情を見て先程言った言葉を取り消したくなった。赤月に誘われたならそう言えよ…。

「いや、いいよ。帰り道わかるか?」

アリセに問えば『当然だ』と言われた。

「あんま迷惑かけんじゃねぇぞ。なんかあったら連絡しろよ。」

「わかってる。」

「もし何かあったら私が送って行くから。」

「悪いな、なんか色々。」

すると赤月は首を左右に振った。

「ううん、なんだか妹ができたみたいで嬉しいんだ。今日も着られなくなった服とかあげようと思って呼んだの。アリちゃん、あの真っ黒なワンピースしか持ってないって言うから。」

女子特有の話題。なんだ、ちゃんとやってるじゃないか、朝兎は安心した。
無愛想で、口調も冷たくて、一時はどうなることかと思ったがどうにかなっているらしい。

「ノノ、行こう!じゃあな、朝兎。」

アリセは急かすように赤月の腕を引っ張った。

「ばいばい、鴫野くん。」

後ろ髪引かれるように赤月はアリセと帰って行った。

「寂しいの?なら俺が相手してあげるよん。」

肩を組みながら顔を至近距離まで近づけて芹沢が言った。

「別にそんなんじゃねぇよ。」

窓の外から帰路につく二人の背中を見た。互いに楽しそうに笑っている。
寂しくなど無い、寧ろ嬉しいではないか。
自分に言い聞かせるようにして朝兎は芹沢と歩みを進めた。



とっぷりと陽が暮れた頃、アリセは赤月の家を出ることになった。
赤月は心配だから送ると言って聞かなかったが丁重に断った。帰り道はちゃんと覚えているし、朝兎の家まで送った後、赤月は一人で帰ることになってしまう。
ならば自分が一人で帰ったほうが早いと思ったのだ。それに何かあっても心配は無い。

赤月からは何着か洋服を貰った。小さくなってしまったとは言ったものの十分に着れるものばかりだ。
まるで着せ替え人形のようにアリセは次々に服を試着し、それを見て赤月は楽しそうに喜ぶのだった。

けれど赤月の持っている洋服はどれも可愛らしいものばかりで、アリセには少々着難いものが多かった。
花柄のワンピース、フリルのついたカットソー、レースのついたスカート。どれも似合っていると言ってくれたがなんだか恥ずかしかった。
だからシンプルなデザインの物や、落ち着いた色のものを何着か貰った。悪いとは思ったが赤月は嬉しそうだったからなんだかアリセまで嬉しくなってしまった。
両手で紙袋を抱えてぎゅっと抱きしめる。ふわりと赤月の匂いがした。


「嬉しそうな顔。何かいいことでもあった?」

その声にアリセは咄嗟に身構える。すぐに力を解放できるように髪飾りに手をかける。
声の主は見なくてもわかっていた。

「そんな怖い顔するなよ。なんもしないって。」

レイト・アムカマラ―――。ついこの間朝兎の部屋にやってきた男がそこにいた。

「何の用だ。」

「二人でお話したかったんだよ。アリだってよくわかってるだろ。」

一先ず体勢を元に戻す。けれど油断はならない。心臓が未だバクバクと脈打っている。

「お前と話すことなど何も無い…。」

そう言って視線を下に向ければ目の前までレイトが寄ってきた。

「【審判】まであと二十四時間も無い。アリ、一体どうするつもりだよ。」

その言葉に体がびくりと痙攣する。
レイトの声はこれ以上無い程に冷えきっていた。

「お前にとやかく言われる筋合いは無い。」

「さっさと決めねぇからオレがわざわざ言いに来てやってんだろ。」

さらに冷酷にレイトが言い放った。証拠に口調が強くなっている。
アリセはこの瞬間のレイトが一等嫌いだった。普段は穏やかでにこにこと笑っているのだが、真剣な時は急に口調が変わり無表情になる。

「ジェイルの番人から話は聞いたのか?」

「…。」

「聞こえねぇのかよ。番人と話をしたのかって聞いてんだけど。」

「…話した。」

大嫌いだ。普段のレイトは嫌いだが、怒っている時のレイトはもっと嫌いだ…。
レイトは苛立ったように大きな溜め息をつく。

「ならとっとと殺すなりなんなりしちまえばいいだろ!あんな人間一人始末するのなんて訳無ぇことだろうがよっ!」

いきなり声を張り上げたレイトにアリセは首をすくめる。まるで叱られている子どものようだと自分で思った。

「あの時も言ったよな?お前は生きてちゃいけない存在なんだよ、アリ。ねぇ…わかってる?」

口調が荒くなって、その後急に穏やかになるレイも嫌いだ。

「誰も死なせたくないだろ?傷つけたくないだろ?お前と関わった人間はどうなった?皆傷ついて死んでいっただろ?あのシギノアサトをマナカユートみたく死なせたいの?」

その言葉にアリセはがばっと顔を上げた。
否定する為の言葉を発しようとしたが、それはレイトによって遮られた。大きな爪の長い手で口を強く覆われる。
顔の下半分を掴まれたような状態になりながらもアリセは睨みを利かせた。
しかし一層冷たい目でレイトはそれに対抗する。

「嫌ならとっとと【審判】を下せ。お前は絶対に解放されない。生きることを許された訳じゃないってことを、身をもって痛感するがいいさ。」

それだけ言い放つとレイトはアリセを振り払うかのように地面に突き飛ばす。
紙袋から赤月から貰った服が散らばった。

「アリ、じゃあまた来るから。その時はシギノアサト抜きで会おうね。」

レイトは笑顔で手を振りながら黒い靄に包まれ、消えていった。
地面に座り込んだアリセは泣きそうになるのをぐっとこらえた。一つ一つ、洋服を紙袋へ入れていく。

大丈夫。
大丈夫。

何も悲しくない。 何も怖くない。
―――けれどほんの少し、水の粒が地面に染み込んでいく。

大丈夫、泣いてなんかいない。


涙なんて流してなどいない。





鴫野朝兎は急に胸騒ぎがし始めた。
既に日が暮れてから時間が経っている。今日は母親の瑞季は遅くなる日で、夕食を食べた柚果は疲れていたのかすぐに眠りこけてしまった。
朝兎も先に食事は摂ったものの、アリセの帰りが遅い。何かあったのかと心配になった。

時計を見てじっとしていられず、一先ず玄関から外だけ見てみようと上着を手に取る。
そして扉を開けた瞬間だった。

「うおっ!」

「アサトっ!…ただいま。」

朝兎は安堵の溜め息をつく。

「おかえり。はー…よかった。遅ぇから心配して迎えに行こうと思ったとこだったんだよ。」

手にした上着をソファに放り投げる。

「夕飯は?」

「ノノが作ってくれた。」

「へぇ、赤月って料理もできんのか。」

「あれ?ミズキとユズは?」

「母さんは今日は遅番だから深夜にならねぇと帰って来ない。ユズはもう寝た。」

「そうか。」

アリセは居間へと足を進めた。
すると奥座敷に何か広げられているのが見える。暗がりに無数に散らばるのは、本…?
それをじっと見ていれば朝兎が声をかけた。

「お前も見る?さっきアルバム見てたんだよ。」

「アルバム?」

「昔の写真。悠兎さんがいるかと思ってさ。」

照明をつけると、そこにはアルバムが広がっていた。
無数の写真、そこには幼い日の朝兎や柚果がいた。朝兎はしゃがんでペラペラとページをめくる。その横にアリセも座った。

「これ、ミズキだ!綺麗だな。」

今よりはいくらか若い瑞季が微笑んで写っている写真。隣には勿論、朝兎の父親がいる。

「隣にいるのは親父だな。二人とも若っけぇーな…。」

何冊も古いアルバムを見たがなかなか悠兎が写っているものは無い。
アリセは退屈になったのだろうか、ごろりと畳の上に寝転がっている。やはり知り合いだからと言って写真をとっておくようなことはしないものなのだろうか。そう思った矢先だった。

「あ!アリセ、あったぞ!」

アリセは飛び起きてアルバムを覗き込む。

その写真は、アルバムの接着面には貼られていなかった。一番後ろにただ挟んであっただけの写真。そこには二人の男が写っている。
朝兎の父親と、真中悠兎だった。

「ユートだ…。」

アリセは写真を手にとってまじまじと見つめる。心なしか目が潤んでいた。
写真の中の二人はこれ以上無い程に笑顔だった。写真に撮られる為につくった笑顔では無く、二人で談笑しているような、そんな素の笑顔。

「きっと仲が良かったんだな。」

「ん?」

「アサトの父親とユート。だってこんなに楽しそうだ。」

するとアリセの顔が綻んだ。

「前にとお前の父親を知っていると言っただろう。けれど私も正直、よく覚えていないんだ。」

写真から目を離さずにアリセが呟いた。
「けれど初めて会った時のことはよく覚えている。大きな口で笑う、活発そうな印象だった。ユートはあんまりそういう感じじゃない。大人しくて静かで。
でもお前の父親といる時は違った。二人でよく笑って、じゃれあっていた。」

「いつでも元気だったからな、親父は。」

幼い頃の記憶を呼び戻す、父親の笑い声と大きな手。大きいのは手のひらだけではなく、人間としての器も大きかった。
朝兎は徐にアルバムを閉じ、片付け始める。

「なぁ、アリセ。」

アルバムを押入れに入れながら問いかけた。


「【審判】ってなんだ?」


アリセに背を向けたまま言葉を零した。

真っ直ぐ目を見て話すとアリセは何も話してくれない気がしたからだ。

「…お前には関係の無いことだ。」

嘘つけ。心の中で溜め息と共に呟く。アリセはそれに反論するかのように口を開いた。

「【審判】は私がどう判断するか、そういう問題だ。だからお前は関係無い。」

どうだか…。朝兎は押入れの戸を閉めた。

アリセはいつも通り無表情だった。
その目の前に、あるものを見せ付ける。銀色の鎖が朝兎の手のひらから零れ落ちた。

「やる。」

アリセの目の前にぶら下がったのは、銀の懐中時計。アリセの魂が刻まれてる時計だった。

「これが欲しかったんだろ?」

見るからに戸惑っている。急にこんな話を切り出せば戸惑いもするか。

「けど…これはアサトにとって大事な物だろう?」

「そりゃ大事だけど人の命には代えられないだろ。」

アリセは俯いた。あれほど欲しがっていたのに、その為にここまで来たというのに、一体何を迷っているのだろうか。
少し考えるような素振りを見せ、アリセは口を開いた。

「もう少し時間が欲しい。きっとその時計を奪うよりもいい方法がある筈だ。
考えて、考えて、どうしても駄目な時はまたアサトに言う。その時に渡して欲しい。」

アリセなりの遠慮なのだろうか。朝兎は一先ずその条件を呑むことにした。
けれど妙な胸騒ぎがしてならない。その【審判】という響きがどうしてもいいようには聞こえなかった。嫌な予感がした。

そんな感情とは裏腹にアリセは至って普通で、いつもの無愛想な表情を浮かべている。
どうにか妙な不安を抑えながら朝兎は奥座敷の電気を消した。








休日の朝は昼過ぎまで眠るのが常だった。そして何処に行くでもなく、朝から晩までボサボサの頭で着替えもせずに過ごす。ただぐうたらするのが好きだった。
この日もカーテンから漏れる暖かな陽気に包まれながら、夢か現かを彷徨っていた。
しかしそれを何者かによって見事に妨げられることになる。

「ぐふっ!…重てぇ。」

何か重量感のあるものが朝兎の上に圧し掛かった。
目を開けるのも面倒で掛け布団を引っ張り、頭まですっぽりと覆う。どうせ柚果が乗っているんだろう。しかしその掛け布団すらも剥ぎ取られてしまった。
重過ぎる瞼をどうにか開き状況を把握しようとする。半開きの目の先にいたのは、ここに居るはずの無い人間だった。

「おはよ、朝兎。ご飯にする?お風呂にする?それとも俺と二度寝する?」

「…お前抜きで二度寝する。」

目の前にいたのは芹沢凛悟、今会いたく無い人間ナンバーワンだ。朝からこいつの相手をするのは面倒臭すぎる。

「いけずー!ってか朝兎、起きろ!寝るな!」

再び目を閉じようとしていた朝兎の肩を尋常じゃ無い力で揺する。視界がぐわんぐわんと揺れて気分が悪くなってきた。

「うるせえ芹沢っ!ってかなんでてめぇがここにいんだよ!」

観念して体を起こし寝ぼけ眼をこする。

「瑞季さんが『上がっていいわよ。あ、ついでに朝兎のこと起こしてあげて』って言ったからここにいるの。」

「ったく…余計なことしやがって。」

芹沢が勝手に家にいることは日常茶飯事で、その度に母親の瑞季が許しを出している。自分がいる時は一言声をかけてくれと言っているのにも関わらずこれだ。
強引に芹沢をベッドから下ろす。

「てめぇのせいで完全に目ぇ覚めちまったよ…。」

「よし!じゃあ出かけよう!」

「ふざけんな。」

するとアリセが部屋の中に入って来た。

「アサト!遊園地、遊園地!早く仕度をしろ!」

「はぁ!?芹沢、てめぇ妙なこと吹き込んでねぇだろうな。」

「してないしてなーい。俺はただアリちゃんとテレビ見てて、チシャ・ワンダーランドの説明を丁寧にしてあげただけだよ。」

朝兎はそれを聞いてうな垂れた。

チシャ・ワンダーランドとは近くにあるテーマパークのことだ。それほど大掛かりなものは無いが、遊園地の部類に入るものだろう。朝兎と柚果も行ったことのある場所だった。
アリセがそれに食らいつかない訳は無いし、行くなら朝兎を誘うのは当然だろう。

「リン、ノノも誘っちゃ駄目か?」

「ののちゃん?じゃあ電話してみるよ、待っててね。」

「おい、芹沢っ。」

しかしその言葉は芹沢に届かない。丁度言葉を発すると同時に部屋のドアが閉められた。
例え聞こえていたとしてもあいつのことだから聞こえていない振りをするのだろうが。

「アサト、行かないのか?楽しそうだったぞ。ぐるぐる回る変な乗り物とか、作り物の馬が回ってたりとか。」

そりゃ知ってるよ。何度も行ったことはあるから。
とは言えなかった。そうしたらアリセはきっと悲しい顔をするんだろう。だったら赤月と芹沢と三人で行くと言いかねない。
そこはどうにか避けたい問題だった。もしそこでジェイルの話をされたり、ヴァーメインがどうのこうのと言われては今以上に面倒なことになる。

「ののちゃんも行くってさ。」

にこにこ顔で携帯のフラップをパチンと閉じる芹沢。
どうやらもう悪あがきはできないらしい。



はしゃぐ三人と大あくびをする一人。
芹沢は女子のように喜び、赤月とアリセは姉妹のように手を繋いで話している。その後ろを歩く朝兎。まるで保護者のようだと自虐気味に思った。

アリセは昨日、赤月からもらったという花柄のワンピースを着ていた。パフスリーブの膝丈のワンピースで、その上にカーディガンを羽織っている。
赤月は白いロング丈のティアードスカートにデニムのシャツを合わせていた。
二人共お揃いのゆるいウェーブがかかった髪形に、カンカン帽を合わせている。

「あの二人、ほんと姉妹みたいだね。」

朝兎はアリセと赤月の背中を見た。

「そうだな。」

二人の笑顔を見て、なんだか色々どうでもよくなった。
せっかくの休日、外に出たのだから楽しまなくては損だ。



コーヒーカップにジェットコースター、観覧車にお化け屋敷。四人はこれ以上無い程にはしゃぎ、笑い、遊んだ。

中でも一番アリセが楽しそうにしていたのがメリーゴーランドだった。
赤月とアリセがまるで童話の中にでもいるかのように白馬に跨る。それを柵の外で芹沢と朝兎は見ていた。やがてメルヘンな音楽と共に馬や馬車が動き出す。
アリセは最初、戸惑っていたが赤月と顔を見合わせていると段々と笑顔になった。目の前を通り過ぎる前に赤月が指を指す。アリセと視線が合うと、照れ臭そうに手を振った。

「ののちゃぁーん!アリちゃぁーん!」

隣で芹沢が大げさな声と身振りで手を振る。それを横目に含み笑いを漏らしながら朝兎は手を振った。赤月もアリセも柔らかく笑う。
この四人で遊園地など最初はどうなることかと思ったが、案外悪く無いと思った。

初めは無表情でクスリとも笑わない厄介な奴だと思ったが、今ではそんな思いも薄れていた。自分の家族や、赤月や芹沢と関わるうちにアリセの中で何かが変わったのだろう。

けれどよくよく考えてみればアリセについて何も知らないという事に気付く。
親父に会ったことがあって、この世界の人間では無くて、妙な力を持っていて、真中悠兎と関係があって―――。
しかしそれ以外に何を知っている?あいつの親は?生まれは?真中悠兎と一体どういう関係で、どういう意図でこの世界にやって来て、何の為にゲームに参加している…?

くるくると回る白馬を見ながら、朝兎は妙な感情の渦を抱いた。

「どったの?朝兎。」

柵に寄りかかるような体勢になった朝兎に、芹沢が声をかける。

「もしかして、朝兎もお馬さんに乗りたかった?だったら俺一緒に乗ってあげるって言ったじゃーん。全く意地っ張りなんだからぁ!」

「お前、少しは黙れよ…。」

するとメリーゴーランドの音楽が止まり、スタッフのアナウンスが流れ始める。

「おら、行くぞ。」

「ちょっと待ってよ朝兎―。」

二人が出口に向かうと赤月とアリセが満足そうな顔をして出てきた。

「アサト!手を振ったのわかったか?」

「おう。俺も振り返しただろ?」

するとアリセはにっこりと笑った。



「もうそろそろ帰るか?」

もう大分時間が過ぎており、空は夕暮れの準備をしていた。

「でも閉園時間まであとちょっとだけあるよ?」

芹沢が時計を見ながら言えば、アリセがじっと一点に視線を送っているのに気付く。

「アリちゃん、どうしたの?…ミラーハウス?」

アリセの思っていることを赤月が代弁した。

「入りたいのか?」

朝兎が問いかけると、アリセは小さく頷く。

「お前も物好きだな。」

「鴫野くん、行こうよ。最後にあれだけ入って帰ろう。」

赤月の言葉に朝兎は首を縦に振った。
ミラーハウスのどこに魅力を感じるのかわからない。単なる鏡張りの部屋ではないか。
そうは思ったが朝兎は三人の後に続き、仕方なく中へと入っていった。




鏡、鏡、鏡。

どこを見ても鏡。そして反射した自分の姿。

赤月とアリセはきゃっきゃと笑いながら前に進んでいく。

「朝兎、早く。置いてっちゃうよー。」

ふざけながら芹沢が前を歩く。
待ってくれよ、あんまりこういうの得意じゃないの、知ってるだろ。そんなことを思いながらおぼつかない足取りで鏡の間を縫っていく。
ミラーハウスはどこが鏡なのか、どこが鏡でないのかがわからない。手を前に出しながら手探りで歩く。

「あれ…?」

気付けば、目の前に誰もいなくなっていた。朝兎の足が止まる。

「赤月…アリセ?芹沢!」

段々と不安が襲い掛かり、それと比例するように足早になる。先程まで聞こえていた声もいつからか聞こえなくなっていた。
もう先に出口に辿り着いたのか?けれど歩けば歩くほど同じところをぐるぐる回っている気がする。ほんの少し息が上がる。

早く出口へ―――。



「誰をお探しかな?シギノアサトくん。」



不意に、聞き覚えのある声が朝兎の背後から覆い被さった。







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