泰尚浪漫警衛團-壱ノ二:参者面談-








 二人を乗せた車が辿り着いたのは糀待区(こうじまちく)・永多町(ながたちょう)。

其処に一際存在感を漂わせる建物、帝國議会議事堂。此処で國の全てが決まる國議会が執り行われているのである。
第一回國議会の時から姿を変えることの無い風貌は、近代的でありながらも何処か古の風格を持っている。

ぽかんと其れを見上げていると、警視殿が声をかける。

「総統がお待ちだ。ついて来給え。」

栞華は警視殿の後を追った。



 父の職場でも有り、國の大切な場所でもある此の場所に入るのは、無論初めてだった。

袴にブーツ、矢絣の着物、長く結った髪に赤いリボン。
見るからに女学生だと分かる姿に皆視線を寄越す。栞華はなんだか肩身が狭かった。

「気にすることは無い。もう直ぐ総統のお部屋に着く。それまでの辛抱だ。」

其の気遣いに此の破廉恥警視も中々の紳士だと思った。


 広い議事堂の中を歩き、階段を何段も昇り、やっとの事で総統室に辿り着いた。
呼ばれた意図はさっぱり分からないが、今になって緊張が襲って来る。

今から國で一番権力を持つ人間に会うのかと思うとそれだけで腰が引ける。

父は政治家であり、同僚の議員の方や上司には何度か会ったことがあるが此れは別だ。
何か間違った事をしてしまえば、栞華だけでなく、父にも被害が及ぶのでは無いか。そんなことばかりを考えてしまう。

ノックをしようとした手を止めて、警視殿が呟いた。

「そう緊張しなくてもいい。総統からお呼び立てしたのだ。君は客人として振舞えばいい。」

「…案外、優しいのですね。」

栞華が呟けば、警視殿は眉間に皺を寄せた。

「?案外?は余計だ。」

それだけ言うと警視殿は遂に総統室のドアをノックした。
静まり返った廊下に軽い音が二回、響き渡った。

「大日東帝國自警隊警視・苑池晃静、只今戻りました。」

そうして重厚な扉がゆっくりと軋みながら開く―――。



 部屋の中は良く有るようなお偉いさんの部屋、と言った感じだった。
然し妙に空気が重く、荘厳な雰囲気が漂う。

 目の前には背を向けた男性が立っていた。男性の目の前には大きな窓が在り、其処から陽光が燦々と差している。

「失礼致します。」

警視殿の後に続き部屋に足を踏み入れた。


 紅い絨毯に端整な彫刻が施された仕事机。異国からの輸入品であろうか。
其れに見合う大きな椅子も置いてある。

「白百合女学院首席生徒・東三条栞華嬢をお連れ致しました。」

警視殿が其の旨を伝えると、目の前の男性はゆっくりと振り返った。

「御苦労だった、苑池警視。君も一緒に話を聞いて欲しいのだが、時間は有る哉?」

総統の問い掛けに警視殿は二つ返事をした。


 やや細めの輪郭に、口元から頬、顎にかけて生えた髭。優しそうな表情をだが、蓄えた髭が厳格さを物語っている。
服は何時もテレビジョンで見るような、洋装の三つ揃えのものを召していた。
緊張からか息苦しくなってくる。何せ目の前には國家総統が居るのだ。

「貴方は私の姿を厭と言う程見ているかも知れないが、こうして対面するのは無論、初めてだろう。
お初にお目にかかる、大日東帝國総統・久世幡実通(くぜばた・ともみち)と申す。
本日は急なお呼び立て、真に申し訳無い。」

其の謙遜した態度に栞華は驚いて言葉を失った。

テレビジョンを通して見る國家総統は厳格で、冷静且つ冷酷な判断を下すように見えていた。然し実際に会ってみると真逆とも言えるほどの空気を感じる。
こんな女学生風情に謙った言葉遣い、そして其の態度。

「めっ、滅相も御座いません!日東國総統直々のご命令により馳せ参ずことが出来まして、大変嬉しく思っております。」

栞華が慌てて頭を下げると、久世幡総統は紳士的な笑みを浮かべた。

「流石は名門・白百合の首席。挨拶一つを取っても実に出来た人間だと分かる。」

其の言葉に栞華はつい顔を赤らめた。



 久世幡総統は一息つき、美しい陶磁器のカップに口をつけた。
ほんのりと珈琲の香りがする。

「早速、本題に入りたいのだが宜しい哉。」

栞華が縦に首を振ると、総統は話を続けた。

「此の國は平和になった。
昔は鎖国だ何だと慌しく、諸外国との付き合いや戦争に参加するのか等揉め事が多かった。

事を穏便に済ませる為、國民を守る為に我々は最善を尽くしてきたつもりだ。

開國を迫られた時も外国の言い成りには成らぬ様な契約を結んだ上で開國し、其れからも入港や貿易には厳しくしてきた。
戦争に参加するか否かを決定する時も我々は慎重に取り組み、諸外国を刺激しないよう永世中立国と成ることを宣言したのだ。

結果、此の國には平和が訪れた。

然し平和というものは維持するのには難しい。
人間というのは本来、争う運命にある生き物だ。詰まり争わないということは世の条理に反することなのだ。
故に此の國は内乱や、小さな揉め事が様々な場所で起こっている。

其れを抑える為、世の安泰を守る為に自警隊成るものが発足されているのだ。」

総統は視線を警視殿にやった。
彼も当然ながら此の國の平和を守る、自警隊の一人なのだから。

「存じているだろうが、彼等は御國の為、民の為に自らを犠牲にしてまでも平和を守っている。
然し彼等にどうしても任せられない事件が有る場合、我々は別の組織に手助けをしてもらっているのは君も知らないだろう。」

「どうしても任せられない事件…というのは?」

内容が見えず、栞華は問いかけた。

「詰まる所、國家機密レヴェルの事件だ。
どうしても内密に事を済ませたい、そういった場合に自警隊の手を借りていては、どうしても事件は表に出てしまう。」

「公に捜査が出来ない事件を或る組織に任せている、そういうことですか?」

すると総統は顎鬚をそっと触り、不敵な笑みを浮かべた。

「流石だ、君は物分りがいい。」

此処まで話を聞き、自分が重要な任務を任されるのでは無いかと不安になってきた。
一体、國家総統ともあろう御方が何の為に、何を伝える為に自分を呼んだのだろうか…。


「其れが我が國の最高機密部隊。
泰平の世を築き、高尚な人材で構成され、平和の浪を世界に蔓延させる團体。
読んで字の如く、其の名も【泰尚浪漫警衛團】。」



たいしょう、ろうまん、けいえいだん―――。



当然の事ながら初めて耳にする名だった。
恐らく此の組織の名は、世間にも庶民の耳にも入っていないのだろう。きっと本当に一部の人間しか知らない部隊なのだ。


「栞華嬢、私は其の組織の長に、君を任命したいと思っているのだよ。」


國家総統の思いがけない一言に警視殿は口をあんぐりと開け、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべる。
一方の栞華は最初、其の言葉の意味が理解できずにいたが、段々と総統の言葉を噛み砕き、自分の脳内に飲み込んだ時、全てを理解した。



「えええええええええぇえぇえぇえぇええええっっっ!?」



そうして発したのが此の素っ頓狂な奇声だった。



思わず大声で叫んでしまった栞華を見て、総統は怒りもせず、只微笑んでくれた。

其れは先程と変わらない紳士的な笑み。其れを見て栞華は奇声を発した自分を恥じた。
然し最高機密部隊の長に、何処にでも居そうな女学生の身分である自分が何故指名されたのだろうか。そんなものは前代未聞であるし、成らば適任者など他にも居る筈で有る。

「久世幡総統、ごっ、ご冗談ではありませんか?私めが其の様な部隊の長になど…未だ女学生の上に未熟者で…。」

「然し君の調査書をこと細かに見せてもらった結果だ。

探る様な真似をしてすまないが、ここ何週間か君の素行を調べさせて貰った。
其れ以外にも家族構成、経歴、健康状態、知能指数、其の他の君に関するあらゆる調査に目を通させて貰った。

君は女学生と云う身分ではあるが、優秀な学歴、才能を持っている。其の上どうやら身体能力もずば抜けている。
長きに亘って考慮した結果、此れ以上の人材は居ないと私が判断した結果だ。納得しては戴けない哉。」

納得も何も余りにも唐突な話で栞華の脳内は此の状況を理解するのに必死だった。
総統は自分に重大な使命を下しているというのは分かったのだが、其れ以外はどうにも思考がうまく働かない。
渦巻きが思考の中をぐるぐると渦を巻いているようだ。

栞華が考えを廻らせていると、今までずっと話を聞いていた警視殿が口を開いた。

「久世幡総統、口を挟むようで申し訳無いのですが、其の考えは改めた方が良いかと。
彼女は未だ精神、体力、そして年齢的にも未熟であり、浪漫團の長は重荷かと思います。
其の上後になって解ったことですが、彼女は相当なじゃじゃ馬で我儘でお転婆です!興味の有る事は甘味!其れ以外には興味すら持ちません!
斯様な人間に浪漫團長の名を掲げさせては如何なものかと。」

警視殿の言葉は最もだったが、黙って聞いている訳にはいかなかった。

「ちょっと、其処の破廉恥警視…。先程の言葉、聞き捨てなりませんわ。」

腹の底に沸々と湧き上がる怒りを抑えながら栞華は口を開く。

「全て真実だ。間違ったことは言っていない筈だが…其の呼び方!今直ぐに止め給えっ!」

「だったら貴方も先程の発言を撤回してください。」

「じゃじゃ馬で我儘でお転婆なのは事実だろう。撤回するとなると嘘を吐くことになる。」

「こんの変態カタブツ警視がああぁぁぁぁああああああああっっっ!」

二人の言い合いを見て久世幡総統は堪らずに噴き出した。
普段は笑い声等響かないであろう部屋に、久世幡総統の高らかな笑いが反響した。

其れを見て栞華と警視殿は顔を赤らめ、言い合いを止めた。

「はははっ!じゃじゃ馬と呼ばれるだけあるな。苑池君も負けず劣らずだぞ。」

「し…失礼致しました。」

消え入るような声で俯きながら警視殿が呟けば、総統は其れを制する。

「否、構わんよ。君が返事に躊躇う事は想定内であったし、私の考えに周りの人間も賛同するとは思えない。
然し私はどうしても君をその気にさせたい。其の為に、此れを君に渡しておこうと思っていたのだ。」


久世幡総統の言葉に疑問を持っていると、目の前に一通の手紙が出された。
何も書いていない真っ白な封筒。至って普通の何処にでも有る物だ。
栞華には其れが何なのか予想もつかなかった。


「君の"大切な方"が遺した文だ。」


其の言葉に栞華ははっと顔を上げた。
脳裏には或る一人の人物の顔が思い浮かぶ。其れは自分の中にだけ秘めてきた、語る事の無い非常に想い入れの有る人間だった。

「中を見ると良い。君の気持ちが少しでも変わるよう、願っている。」



何かに急かされる様に封筒の口を開き、中にあった文を取り出す。此れも何も変わらない、三枚綴りの何の変哲も無い便箋だった。

だが其処に、確実に"あの人"の面影を感じた。

繊細な筆で書かれた其れは、何時か見た筆跡と明らかに同じだった。
上から下へ視線を動かし、一言一句逃すことなく読んでいく。栞華は涙しそうになるのを必死に堪えた。
心の中に"あの人"の顔が、表情が、思い出が、温もりが、甦る―――。

「彼は嘗て浪漫團の長を務めていたこともあったのだよ。君も其れは存じているだろう。
知らなくとも"何か人に言えないような事"をやっていたのは薄々勘付いていたのでは無い哉。」

栞華はぎゅっと文を握り締めた。

確かに知っていた。"あの人"が何かしていたこと。
其れが人には言えない、秘密裏なことだったということ。
栞華にすら言えない仕事だったと云うこと―――。

「私はどうしても君を浪漫團の長にしたい。心持が変わればいいと思い、私は其の文を今、此の時を見計らって君に渡した。」

総統の言葉が何を意味するかは暗に解っていた。
遠回しに自ら卑怯な手段を取っていると栞華に伝えているのだ。

総統はきっと優しい心の持ち主なのだろう。其れだけで無く強さと傲慢さも垣間見える。
然し彼のように自分を強く持ち、意見を押し通すような力も、國家総統には必要な事なのだろう。故に彼は支持されているのだと悟る。



悩んでも良かった。迷っても良かった。
けれど自分の手の中に有る文を見て、自分の運命が見えたような気がした。

"あの人"が選んだ道ならば、自分も同じ道を辿っても良いのでは無いだろうか。?あの人?はそんな自分を許してくれるだろうか―――。

「…久世幡総統、私以外にも適任者は居るのでは無いでしょうか。何故、私の様な人間に直々に命令を下さったのか、正直理解できません…。」

其れは謙遜でも無く、遠慮でも無く、只純粋に湧き上がった疑問だった。

栞華は知っていた。今、目の前に見えているものが全てでは無い事。今生きている自分の世界が、此の世の全てでは無いと云う事。
物事には表が有れば必然的に裏が有る。
自分が生きている部分が表だとしたら、裏で生きる人間も多く居る筈だ。そういった人間の方が今回の任務には適している、そう思った。

「前述した事も有るのだが、一番は私の個人的な想いだ。そう言うと少々語弊があるのだが、私は君を高く評価している。

今の浪漫團はちぐはぐだ。強さも、実行力も、何もかもを兼ね備えているというのに、団結力に欠ける。
組織には馴れ合いは必要無いのかも知れない。だが今の浪漫團が必要としているのは圧倒的な統率力。
其れも力等で無理に押さえつけるものでは無く、固い絆や信頼で結ばれるようなものだ。

君には其れが有ると私は睨んだ。
そんな事は無い、そう思っているかもしれないが私には解るのだよ。君がどれだけ人を引き付ける力を持っているのかということが。
私としては浪漫團を一刻も早く完璧なものに仕立て上げたい。其れは浪漫團の為で有り、國の為でも有るのだ。

東三条栞華君、どうか此の國の為に力を貸して欲しい。」

真っ直ぐな其の視線は、栞華の心臓を射抜いた。



此の國を纏めている一人の人間が、こうして自分に願いを伝えている。自らの言葉で、面と向かって、真っ直ぐに言葉を投げている。

「私も…此の國の為に何か出来るのでしょうか…。」

其の言葉には、何か大きな重みがあった。
然し其の重圧をそっと取り除く様に久世幡総統は言葉を漏らした。

「だからこそ私は君に声を掛けた。此の意味が未だ分からないのならば、今一度私の思いの丈を伝えなければなるまい。」

栞華は押し黙った。
脳裏には様々な事柄が飛び交っていた。
今まで自分が歩んで来た道のり、父の顔、学校の事、そして"あの人"のこと―――。

「久世幡総統。」

頭を垂れることなどせず、背筋をしゃんと伸ばし真っ直ぐな視線を送る。

「此のお話、謹んでお受け致します。」

其処には、別人のような女性が居た。
先程まであどけない顔をした女学生でしか無かった人間が、凛と誇らしくやけに大人びた表情に成った様だった。



栞華の姿を見て久世幡総統は確信を抱く。自分の目に狂いは無かったと―――。

「君ならばそう言ってくれると思っていたよ。」

自分の視線に応える様に力強い眼差しを送る國家総統。
何だか其の姿を見て安心し、栞華は体の力を抜いた。
然し其処にすかさず警視殿が口を挟む。

「総統、私は彼女の様な女学生が浪漫團の長に成ると聞いても納得は出来ません。
喩え國家総統命令だとしても、私が浪漫團の一員ならば反対します。其れは團員、皆が同様に思うのでは無いのかと。」

警視殿は至って真面目だった。
確かに成人にも満たない女学生風情が、國家機密級の一團を纏めると言われて「はい、よろしくお願いします」等と答える人間は先ず居ないだろう。

「それも想定内の事だ。彼女を突然人の上に立たせるのは心許無い。よって此れから約壱ヶ月、長くとも参ヶ月は彼女の研修期間とする。」

警視殿は其の意見に対して声を荒げる。

「研修期間!?そんなものは前代未聞です!浪漫團に研修もへったくれも無いでしょう!?浪漫團はそんな簡易な集団では無い筈です!」

「固い事を言うな、苑池君。そもそも未熟だと言い放ったのは君では無いか。彼女に浪漫團とはどういうものか、其れを学ぶ期間を与えても良いでは無いか。」

「し、然し、総統!」

「此れは國家総統命令だ。あ、因みに苑池君、君は彼女の教育係兼指導係だ。宜しく頼んだぞ。浪漫團の名に恥じない、立派なレディに教育し給え。」

警視殿は其の言葉に絶句した。

「ちょっ、今かなり重大な事をさらっと言いましたよね。そんな話、私は聞いていなかったのですが…。」

「其れはそうだろう。何せ今初めて君に話したのだから。」

「はああぁぁぁぁぁあああああっ!?そんなもの断固として拒否させて戴きますよ!」

二人の言い合いにすかさず栞華が割って入る。

「総統、私も厭ですっ!!!こんな小姑みたいな五月蝿い殿方にちくちく言われたら、其の内私の胃袋に穴が空きます!」

「胃に穴が空いてしまうのは私の方だっ!」

「兎に角!」

総統の一声で辺りがしんと静まり返る。

「此れは私の、國家総統直々の命令だ。それでも首を横に振ると言うのならば、二人に厳重な処罰でも与えようか。―――双方、異論は未だ有る哉。」

にやりと不敵な笑みを漏らせば、まるで蛇に睨まれた蛙の様に二人は肩を竦めた。

「…否、有りません。」

栞華と警視殿が同時に声を発する。

「宜しい。」

久世幡総統はそんな二人の姿を見て、してやったりと顔を綻ばせた。







「失礼致しました。」

栞華が先に退室し、苑池警視が一言声を掛けて総統室の扉を閉める。
やっと緊張感から解き放たれほっと安堵の息を吐く。

「今日は一先ず君を家まで送ろう。詳しい話は車内でする。」

警視殿は踵を返し、来た道に体を向ける。栞華も直ぐに後を追った。

久世幡総統は強く、熱く、そして傲慢で優しかった。
思うに國家総統と云う人間はそういう性格で無ければ務まらないのであろう。優しいだけでも、傲慢なだけでも國民の支持は得られない。
両方を兼ね揃え、そしてそれらを必要な時に最大限に生かす。其れが國家総統の姿なのだと理解した気がした。



栞華はそんな人物から貰った文を大切に手に持っていた。
袂か懐に入れても良かったが、どうにも手に持っていたかった。其の手から離してしまえば何処かにいってしまうように思えた。
?あの人?が久世幡総統と交流があったのは知っていたが、まさか手紙を遺しているとは思わなかった。

故に思いがけぬ文に、涙が出そうだった―――。

警視殿に促され、来た時と同じ豪奢な車に乗りながら栞華は手紙を見つめた。
鼻腔を寄せればそこから?あの人?の香りがするのでは無いかと思った。そう思ってしまう程、?あの人?の影を思わずにはいられなかった。

「全く、久世幡総統には敵わないな。」

警視殿は自警隊の隊服である帽子を取り、髪を撫でながら息を漏らすように笑った。
警視殿の言葉を聞き、先程まで國家総統と話をしていたのだと再認する。

まるで嘘のようだった。
國家総統と話をし、極秘組織の長に選ばれ、任命された。
其の何時間か前までは単なる女学生だったと云うのに、どうにも信じられない。

「泰尚浪漫警衛團、通称・浪漫團は毎日【子の刻・零時】に会議を執り行う。基本的に其れには必ず出席すること。
時に任務から手を離せない人間、私事で欠席する團員はいるが君は團長で有るが故、欠席はしないよう願いたい。」

「深夜零時って、何故またそんな時間に…。」

「團員は其々に表の顔が有る。君には女学生と云う立場があるだろう。其れと一緒だ。
各々が全く異なることをしているから、どうしても昼間や夕方だと時間が合わない上に事件が起こり易いのだよ。
一番都合が合う時間が深夜零時。もし零時に何かあったとしても全員で駆けつける事も出来る。故に発足当時から其の時間帯らしい。」

「成る程。」

「会議は毎日やると決まっているが、時に不定期になることも有る。最近は大きな事件も無いというのが大きな理由なのだが。
けれど何か事件が舞い込めば毎夜会議、そして報告の繰り返しに成る。尚、明日の会議には顔合わせをするという事だ。心の準備をしておき給え。
まあ批判の声は大きいかもしれないが、余り気にするな。君の力量が分かれば皆納得するだろう。」

「力量って言ったって…。」

どういった方法で、何を、どう示したら良い。誇示するものなど何も無い。
何せ自分は単なる女学生でしか無いからだ。



栞華は靄がかる胸の内を隠すように車内の座席に身を沈めた。高級車の座席は柔らかく、体が文字通り沈むようだった。

「私も正直、総統が君を團長に指名した時には血迷ったかと思った。然しきっと理由が有ると信じている。
國家総統の言う事だ、きっと君には其れに相応しい何かが在る筈だ。確信にも似た、何か確固たるものが有るのだろう。だから信じてみたい。君と云う人間を。」

真っ直ぐな瞳で見る曇りの無い瞳は、偽りを言っているようには思えない。

なんだ、此の男。中々の紳士かと思えば武士道も心得ている。
栞華は心の中で密やかに目の前の男を見直していた。

「破廉恥警視の癖に良い事言うじゃないですか。
でも、有難う御座います。ほんの少しだけ気楽に成りました。警視殿がそう言ってくれているのだし、少しは安心しても良いですよね?」

栞華がにこりと笑えば、警視殿もふと笑った。真っ黒な瞳が細くなる。

「気難しい顔をするよりも笑っていた方が良い。笑う門には福来る、だ。」

「やっぱり言う事全て小姑みたい。」

「…君は何時も一言多いな。」



気付けばもう東三条邸に着く所だった。
見慣れた風景の中に自分の帰る場所を見つける。

窓から自分の家を眺めていると、庭先に父の愛車が停めてあるのが見えた。どうやら今日は何時もより早く帰宅したらしい。

既に陽はとっぷりと暮れていた。
高級車が止まり、警視殿が気を利かせてドアーを開けてくれた。栞華は其の手を取り、地面に足を下ろす。

「詳しい事は後日、会議で説明しよう。又其の時に迎えに来る。今日は心労も激しいだろうからゆっくり休むと良い。ではまた。」

警視殿はやはり紳士的に振る舞い、車に乗り込み、去って行く。
高級車のエンヂンの音が夕闇に響いた。







 

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